昭和45年03月29日 朝の御理解
御理解 第4節
「此方金光大神あって、天地金乃神のおかげを受けられる様になった。此方金光大神あって、神は世に出たのである。神からも氏子からも両方からの恩人は、此方金光大神である。金光大神の言う事に背かぬよう、よく守って信心せよ。まさかの折には、天地金乃神と言うにおよばぬ。金光大神、助けてくれと言えば、おかげを授けてやる」と。
教祖金光大神様が、天地の親神様からお頼み、ご依頼を受けられて、世の中に難儀な氏子がある沢山ある。その難儀な氏子の取次助けを、のご依頼を受けられる。あるいはそのもう一つは何、立教神伝で御座いますね。それこそ欲を放しての御修行。欲を放してのお取次。それによって縁を頂く者からまずお取次が始まり、縁を受ける受けた者から段々助かって参りまして、まぁ今日に及んで居る訳ですねぇ。
ですから金光、お道の信心を取次の道と言われるのもそう云う所に由縁があるのです。ね。取次の道。ただ何と申しますかね。ただ神様を直接拝んでおかげを受けると云うね、仏様を直接拝んで、御利益を受けると言った様な、信心からですね、そこに取次者と。ね。神からのいわゆる神頼みを受けられて取次助けの道が開けたと云う所にね、金光教の信心の、まぁ独自性と言った様なものがあるですねぇ。
そこん所を皆さんがもう一つ程分からせて頂いて、日々全ての事にお取次を頂いておかげを受けて行こうと云う事に成らなきゃなりません。ね。そして、私共が安心のおかげを頂ける所まで信心を進めて参ります所から、ね。「御取次を頂いて起きて来た事は良い事、悪い事みな良い」という、物が生まれて参りますね。是れは高橋一郎と云う大変有名な先生が言うて居られる言葉です。
「御取次を頂いて起きて来る事は良い事、悪い事みな良い」と信念される所に私共は安心があり、信心頂いておる者の喜びが有るのですねぇ。必ずしも私共の思う通りの事が起こったり、夢にも思わん様なおかげが次々と展開して来ると云う事はありません。お願いしてもお願いしても、右と願ったのにどうして左な事に成るだろうかと云う様な事もあります。けれどもね。
段々信心して神様が分かり、御取次の道の働きと云うものが体験から生まれて来る、そのおかげによってですね、信念させられる事は御取次を頂いて起きた事、起きて来る事は良い事悪い事みな良いと信念される。「御取次を頂かずして起きて来た事は良い事悪い事みな悪い」と言うて居るれます。ね。お願いせんでんこげん調子良う行きよるからとまぁ例えば言いましてもね、それはお願いをせず御取次頂かずして具合良う行って居っても、その事は必ず悪い結果になると云う事。
金光様の御信心にはその様にね、そのまぁお道の信心の独壇場的ないわゆる御取次の、道と言われる程しの、事で御座いますからその御取次の働きと云うものがね、その様に素晴らしい一つの権威と言うかね、御取次の働きと云うものはそんなに素晴らしい権威を持った働きがある事をね、一つ分からせてもらい、それを信じさせて頂く処から安心の生活が出来るのじゃないでしょうかね。
昨日御祈念の後にです、ある教会に御参拝をして居られた、もう長年参拝をして居られた方が、最近此処にちょいちょいお参りされる方があるんです。娘さんの結婚式だと言うのですね。それが先生、そのうひに、四月の四日の日に式が決まった。三日の日にまぁ見立てと言うですか、をして四日の日に結婚式をなさる。処がそのある人が、四日の、四月の四日っちゃぁあんた四ばっかり付くじゃないか(笑)ね。
四が、四月の四日ですから四ばっかり付く。だから縁起が悪いからそりゃ他の日に変えなさったらどうですかと言うてくれる人がある。ほんで私が昨日の御理解の中にもね、あのう、その事を申して居ります様に、お道の信心をさせて頂く者がね、そう云う例えば、金神遊行を信じたり、ね。金神様を、避けたり回ったりする様なですね、そういう迷信を打破して行くと云う事がお道の信心。迷信打破の信心と言われるのはそう云う所にあるんだと。ね。考えても見てごらんなさい。
私は長年北支の北京に居ったんですけれどもね、アメリカ辺りでもそうでしょうけれどもね、日の良いの悪いのとは、そう云う様な事は申しませんよ。日本人の上にだけ金神様の働きが有るとは思われません。だからもう本当に愚にも付かない迷信だから今日の御理解を良く頂いて帰りなさい、と言うてまぁ昨日申しました事ですけれども。長年信心をさせて頂いて居ってもです、金光大神の言う事に背かぬ様良く守って信心と云う事。良く守って信心をせよと仰るのを良く守らない。
長年信心しとってもまだ、日の良し悪しを言うたりする様な事では、だからおかげが受けられない。冠婚葬祭いわゆる死ぬ、死んだり死ぬんでもそうですよね、友引とかなんとか言うたらそれをのぶ、延ばさなきゃいけないと云う様な、その考え方が第一根本的に間違って居るんだと。ね。と云う事をですね、道理をもって説いて居られますからね、その事をね、私共がやはり分からせてもらい、信じさせてもらわなければお道の信心の取次の働きと云う事が働きに成って来ないのです。
半分は信じて半分は信じないと云う事では。まぁ一般昔から言うて来た事じゃからと言った様な事でですね、其処にすっきりしなかったら御取次を頂いても皆良いと云う様な働きに成って来ない。ね。だから「金光大神の言う事に背かぬ様良く守って信心」。いくら信心をですね、まぁ昨日の人でも、何十年して居ってもです、金光大神の言われる肝心な所をですね、良く守りきらんと言った様な事ではね。
いわゆるみな良いと言う様な、いわば信念は生まれて来ない、「御取次を頂いて起きて来る事は良い事、悪い事みな良い」と。ね。当時やはり日本一と言われる程しの、甘木の初代なんかがおっしゃっておられるのはやっぱそれです。ね。安武松太郎と云う方であったが、「この安武松太郎が神様に願うた事がある。其の侭おかげに成って居ったら現在の甘木は無い」と仰った。ね。
甘木王国と言われる位に大変な御ヒレイを受けられた、そう云う素晴らしいおかげには成らなかったと。けれども御取次を頂いて起きて来る事は、みな良いと信じられる所にです、ならあの素晴らしい御ヒレイが、甘木の地に輝いたんですよね。ですからお互いがね、折角信心させて頂くので御座いますから。金光大神の言われる事に、背かぬ様に信心させてもらうと同時に。
其処から生まれて来る御取次を頂いて、起きて来る事は良い事悪い事、目には良い事悪い事に見えるんだけれども、それはみな良い結果に成るんだと信じさせてもらう所に、お道の信心によって御取次を頂いて、其処に安心の日々が有ると云う事。「天地金乃神と言うに及ばぬ、金光大神助けてくれと言えばおかげを授けてやる」ね。例えばそう云う取次の道の働きがですね。
教祖のいわば御取次開始以来です、そう云う難儀な氏子がその様な、事から助かって来る様なった。其処で神様の喜びは一入であった事は勿論です。天地金乃神様の御喜び、天地の親神様の御喜びが、金光大神に向かってね「氏子からも神からも両方からの恩人は此の方金光大神である」とまで言って居られる訳です。天地の親神様自身も、ね。金光大神を恩人と、両方からの恩人と。
天地の親神様としては難儀な氏子が沢山ある、それが皆んなが助かって欲しいのだけれど、ね。中々縁の無い者は、そんな訳にはいかんちゅう。其処でま難儀なら難儀を通して取次を願うて来る氏子が、一人一人助かって行くと云う、その助かって行く事実をね、天地の親神様がどの様な喜びをもって、金光大神に、いわゆるおかげの顕現をと言うかね、おかげの鍵を預けて居られたかと云う事が分かります。
両方からの恩人。教祖様の御時代に、女のお弟子さんでね、明神様と云う御神格を受けられた、高橋富枝と云う先生が居られました。是れはもう大変な御神徳を受けられた先生だったらしいですね。その先生の直話ですかね、あの直のお話の中にね、此の様にあります。これは教祖様の明神様へ対するお言葉ですね。いわゆる高橋富枝先生に対するお言葉です。今朝から、「今朝からも何度も何度も日天子月天子がそう仰る。
よう勤めてくれたのう。云々」とあります。ね。日天子月天子と云うのはね、日天子月天子金乃神と云う風に御神号を唱えての、居られたものがそれを縮めたのが天地金乃神と云う風に仰って居られます。だから日天子月天子という事は天地の親神様と云う意味ですね。もう御晩年の頃です。教祖様が御晩年の頃にその日天子月天子が。ようもようも此処迄勤めてくれたのうと言うて喜んで下さると。
よう勤めてくれたのと言うて喜んで下さると云う事を西六の高橋富枝先生にお洩らしになって居られます。今日頂きますともう其処ですね。「神からも氏子からも両方からの恩人は此の方金光大神である。」よう勤めたと云う所を、どの様に勤められたかと云う事です。それは人が助かる事さえ出来ればと云うお勤めで有ったと云う事です。その為には氏子に代わって御修行もなされたであろう。
氏子に代わってお詫びもされた事であろう。いやお詫びの印に大変な御修行もなさった事であろうと。ただ勤めたと云うだけじゃない。人が助かる事の為に勤められた。ね。昨夜は、青年会の、久留米地区の会合が久留米の櫛原の教会で御座いました。度々の事ですから皆んなが4,5人ずつ手分けをしてまぁ参ります。昨日も信司さん徹君達をはじめ、四名でおかげを頂きました。
それから昨日から一昨日にかけて、是れは学生会が小倉の教会で御座いました。昨日もまぁ二十名あまりの者が、集まって居った。合楽からその中に四名おかげを頂いた訳ですね。学生会が、北九州管内ですね。教務所管内の学生会、その為に近畿の方から金光様の従兄弟さんか何かになられる方がお見えられた。こちらからは、若松の、若先生。博多教会の津村先生。
それに御取次を下さるのは桂先生で御座いますよね。一昨日から此処から五名で参りました。で昨日帰って来てから皆さんが、その報告をされますのに全部で十一名だった。まぁ始めは丸っきり合楽の方達の為にそう云う会が有っておる様な感じであった。後からまぁぼちぼち見えて結局十一名であったとこう言われる。はぁ是れはもう愈々是れは、合楽が本当におかげを頂かなければ、駄目だなと私は思いました。
東京の合楽の学生会だって、十名近く集まりますと言うて話したら、皆んなびっくりして居られた。そう云う様な別れ際にだから是れも、昨日一昨日からですね、光昭が久原教会に少年少女会のあちらの二十周年記念の招待を受けて、まぁ勉強方々やらして頂いて居ります。今日はまた南久留米教会で、筑水連合会の幹部研修会が御座いますから、秋永先生以下今日七名の方達が、あちらに参るように成っております。
一昨日は、高橋さんと久保山さんが、もう何日がかりで経理の御用の為に、二日市教会においでられてまぁ要するに御用なさって居られます。まぁそれは此処、二、三日の話で御座います。その様に一つの教会がね、運営されて行く事の為には様々なその御用を承らなければならない人達が有る訳ですね。その中にはもう一つ若先生が、二日間博多教会で、教学の講演が有りましてね。
大淵信心と云う、もうお道きっての教学者の先生が、愈々ですね、もう七十から成られるんですから。もう自分の是れは、遺言だと言うてまぁ、自分の一生かかって勉強された教学を二日間に渡って、お話になった。それを講習を聞きに行っとります。と云う様にですね、まぁ様々なそう云う、その一つの教会が、成り立って行く事の為に様々な、角度から様々な人達がそう云う御用を頂いて行って、教会のヒレイと云うものを、盛り上げて行って下さる訳であります。ね。
ですからやはり金の力を持った人は金で、物の力を持った人は物で、頭で、又は口で、ね。もう様々な角度からそう云う、御用に立たせて頂かなければならんのですけれどもです、ね。その根本に成るものがね、信心でなからなければ成らないと云う事なんです。ね。折角御用を頂いたのにですね、御用頂いたのに、その御用が中途半端に成ってね、それがおかげの元にもなら無かったら、勤め、勤め損ですよね。
そう云う事に成りましょう。働き損のくたびれ儲け。ね。其処ん所をですね、私はそれこそ神様から良う勤めてくれたのうと言われる程しの勤め振りと云うものをです、其処に発揮していかなければいけないと思いますね。昨日も学生会の方達の、小倉での模様を色々聞かせて頂きました。結局大学生ばかりの集まりですから、どうしても、理屈ばった、いわゆる教学的なお話がまぁ多かったらしいですけれどもね。
私そう云う様な色々なお話、若先生から教学のお話なんか色々と聞かせて頂いておったからでしょうか、それを聞かせて頂いてですね。その前日若先生からその教学の話を聞かせて頂いておってもう本当にやっぱ自分の、遺言だと言われ、言いながらお話なられた程しの、その、勉強、された、もう究めたそのお話なんですから、それは素晴らしかったそうです。ね。
そうして辿り着かれた所がですねどう云う事かと言うと、いわゆる此処で私が何時も申して居ります人が助かると云う事。ね。または自分が助かると云う事。それは和賀心を基礎土台にしなければならないと云う事になっている。処がもう其処を究められた時にはもう七十いくつ。それこそ遺言と言わなければならない程しにもう体の方はまいって居られると云う事です。
私その話聞かせて頂きおりましてね、はぁ本当に教学者の方は本当に尊い、まぁ犠牲者だなと私は思いました。なんかこう何時も教学と神徳と言った様な事が、対立してからまぁ討論の様な事になりますけれどもね。本当に例えばお道のね信心が、愈々素晴らしい事になって行く為にはね、人も助からなければ成らんが、それをやはり学問的にですかね、系統だてた、教学なんかをなさる方達が、やっぱなからなきゃいけないと云う事です。ね。処がね、様々に勉強に勉強をされてから。
金光大神の御内容と言った様な教学化されて、そしてもうこれ。此処に極まったと云う所まで、勉強し続けられて、時にはもうすでには、それは遺言と言わねばならん程しに、先生御自身がもうまいって居られると。大体長崎教会の教会長であられますけれども、教学の勉強に打ち込まれた。是れはなら、教学の大家と呼ばれる高橋正雄先生辺りでも、同じ事が言えれる。
そう云う例えばね、勉強なさった方達の何処が私は不足で、神様は本当の、おかげを受けて居られんだろうと云う事なんです。人が助かると云う事にも、御自身もそのまぁ本当に助かって居られるとは思われない様な実際があると云う事。けれどもそう云う事をやっぱりなされる方がなからなければ、本当のお道の信心と云う事に成ってこない。お道の信心が本当なものと誰にでも分かって貰える、と云う事に成らない。
そしたらねその事を私は思いながら、夕べ御祈念させて頂きよりましたら、そのう教学のね、勉強をする人達の場合はね、それがただ御用ね。御用になっていると云う事。丁度あのう、「捕手(とりて)が持つあの御用提灯が、宙に浮いている所」を頂くんですよ。いわゆる人が助かる、例えばぁ御用御用で人をとっちめると云うかね、そのおかげを煎じ詰めて行くと云うかね。
そう云う働きをなさって居られる訳です。そうするとなら金光大神はどう云う事か。また金光大神のお手代りとしてなら、此処で私はどうかと云う事になる。御取次の先生はどうかと云う事になる。それはですね、教学のそう云う勉強は出来ておらんに致しましてもね、もう人が助かる事さえ出来ればと云う所に重点が置かれて有ると云う事です。同じ例えば御用でも片一方はとっちめて行こうする、ね。
して考えます所にね、まぁ御用と云う御用の何んちゅうですか。目あかし的なもんですからやはり給料は安かったじゃろうと云う事ですよ。ね。人が助かると云う事の為に重点を置いて例えば信心をなさって居られたら、例えばまぁ最近の、一番良い例は、甘木の初代なんかがそうです。ね。教学的な勉強はお出来になって居られなかったけれども、人が助かると云う事の点に於いて大変な御用が出来て居られるから、まぁ神様はそれを高給取りにして居られるのじゃないでしょうか。
ですからね、考えて見よると教学者の方達はもう本当に貧乏くじを引いて居られる様なもんですよ。しかしそれもなからなければ出来ん。けれどもね、人の助かると云う事の点においてかけ離れたものがある。地に付いていない。宙に浮いている御用が。まぁ大変今日は理屈ばった事になって参りましたがです。ですから例えて私共が、んならそのう教学の、話を聞くとか教学の勉強をさせて頂くに致しましてもね。
その根底の所がです私は和賀心に何時も絞られて居らなければいけないと云う事。例えば私は此処二、三日。あらゆる御信者さん方の層がですね、学生会からまぁ総代さん級の御用と達の、御用の者が様々な面に現れて居るけれども、その根底になるものがです、何事にも信心になれよであり、いわゆる和賀心を土台としての、その御用でなからなければならないと云う事です。ね。
でないとね所謂おかげが伴わない。ね。おかげと、ね、ご利益と云う様な事をですね、申しますと、それを非常に軽視する向きがあります。昨日も学生会の方達が言ってましたが、もうおかげと言った様な言葉は、学生会なんかの時には、使われない程しに、皆んなが嫌うと。けれども、んなら銘々の心の中を探ってみるとです、やはり試験の時にはやっぱり金光様ぁと願って、そのまぁ。
少しでも良い点数を取ろうとする、内容を持ちながらです、形の上にはご利益とか、おかげとかと云う言葉を使う事を、非常に若い人達が嫌う様にですね。けれども、私はこのおかげこそ実は、人間の一番求めておるのであってですね、だからおかげおかげと云う事ならば、それは軽視されても仕方がないけれども、ね。和賀心と云うものを、おかげの受け物としての信心。
だからどう云う御用に携わらして頂いても、それは銘々の仕事の上に於きましてもです、ね、和賀心と云うものを基礎にしての、御用でなからなければ成らんと云う事。ね。商売をさせて頂いても、百姓をさせて頂いても、ね。其処でなら和賀心の追求と云う事が言われるのであり、和賀心学を身に付けていかなければ成らんとまぁ朝晩、此処ではその事を言うて居る訳であります。ね。
其処で和賀心を頂く事の為にですね。お互い精進しなければならない。昨日も青年会の方達が帰って来てからね、合楽の方がその発表して、まぁ現在合楽ではもう和賀心時代に突入。今年という年は。だからもうあげてその和賀心を、いかにして和の心を頂くか、いかにして喜びの賀の心を頂くかと、どう云う信心をさせてもらいどう云う修行をさせて頂いたら、天地に和する心ね。和の心。人と和する心。ね。
いわゆる、その和の心が頂けるかと云う事に、焦点を置いて、まぁ信心の稽古をして居ると言うて。全然それを、指導に来て居られる先生もですね、全然問題にされなかったちゅう。和賀心という事に対して。ね。いわゆる、根本を間違えて居る。だからおかげが中途半端な事に、なって居るのではなかろうかと私は思いました。それはなら、御用御用と云う事を言われますから、御用はさせて頂かなければ、今言う様に教会の運営すらが成り立ちません。ね。
その方達がある意味では、やっぱ犠牲にたって下さらければなりません。けれどもね、それは宙に浮いた御用では、それは教学者に見る様なです、まぁ一生懸命な御用を頂かれながら、一生懸命人の出来ない事をなさりながらです、恵まれて居られないと云うじじつですよ。なら高橋正雄先生のところやら、または大淵信心と云う、いわゆるこの頃のお話の中に、若先生が受けて来た、その先生達のところでです、それだけの事をなされて居られながらです、ね。
ご自身とかその周囲に助かる人が無いと云う事はどうした事であろうかと。そのやはり御用がですね、いわゆる机上の空論的な勉強に終わったからだと。宙に浮いているんだと。ね。今日皆さんに其処ん所を私は分かって頂きたいと思うて大変回りくどい様ですけれども色々なお話をさせて頂いたんです。ね。それこそ神様からね、よう勤めてくれたと、ね。それはね、その人の器量によって、才覚によって違うのですからお金の無い人にお金の御用をせろっち言ったって出来ゃしませんもの。ね。
どんなに信心の内容を持っておっても口が達者でない人もありますもの。ですからあんたがいっちょどんどん人にお話をしてお導きしてくれと言うてもですよ。ね。その言わば口がまめらん人もありますし、ね。神様が口だけは使うて下さると言った様な方も有りますから。どこを使われてもいいです。ね。例えば繁雄さん辺りの様に、その経理が出来られるからね、あんなに見事な経理の、是れはもうこの繁雄さんの他に出来んと、いう御用をして居るんですから、ね、
是れは俺でなからな出来んと言った様なのではなくて、その根底になるものがです、ね。いわゆる信心にならなければ、いわゆる和賀心を持っての御用にならなければ宙に浮くんだと。それは氏子の用、「神の用をたせば氏子の用は神がたしてやる」と仰る位ですから、そう云う意味のおかげは頂けましょう。ね。けれども神様にお礼を言われる様な御用にならなければ、繋がらなければ駄目だって云う事なんです。ね。
それにはその御用の全てがね、いわゆる和賀心を基礎とした所の御用でなからなければならない。ね。其処にね私は神様からね、よう勤めてくれたのうと言うて、神様からお礼を言わし、言われて、言われる位なね、おかげが頂けるんだと思います。ね。けれどもやはりその、ややもしますと、ね。頭が良い人はやはり教学に走る。ね。走る事は有難い。けれども根底の和賀心を持っての教学に成って来ない所から。
ただ勉強はどんどんどんどん進んで行って、そして段々何十年信心させて頂いておる内にです、教学のギリギリの所を、言うとです、やはり人間が助からなければならないと云う事には、その助かりの元は、結局和賀心だと云う事に例えば究明して行かれた時にはもうすでに自分はもう七十になんなんと云う事に成っとる訳です。ですから教団の為に大変な尊い、まぁ云うならば尊い犠牲者ではありますから。
これをね、本当にもうどうも本当にお道の為に長い間おご苦労様でしたと云う事では有りますけれどもね。けれどもね、やはりその人が本当に助かると云う所までは高められて居られない。ね。処が、んなら私共の様に学問も何もしてない者は、ただこう云う事に、私共だって言わば神様に頼まれてこう云う事に成ったんです。ね。其処で他の事はない。もうただ寝ても覚めても明けても暮れてもその事ばぁっかり。
本当に人が助かる事さえ出来るなら一つどんな修行でもさせて頂こうと思う。ね。そこに私はね人が助かる事の働きが出来る。それを神様がこよなく喜んで下さる。その喜びがですまぁ、私が現在おかげを受けておる様な、状態の事に成って来るのじゃないでしょうか。ね。勉強も大事。だから其処ん所を根底としての私はその御用がね、宙に浮かない様な御用にならなければならないと云う事を、今日皆さんに聞いて頂きました。
同時にです、ね。「神様からも氏子からも、双方からの恩人は、此の方金光大神」とこう言われる様に、私もそれを思う。ね。金光大神からね、言うなら神様から大坪総一郎と云う人間が、此処に一人居ったおかげで、沢山の氏子が助かる様に成ったと、神様から御礼を言うてもらえる位なおかげを頂きたいと私も思う。同時にまた皆さんからもです、本当に親先生あって私で御座いますと。私共一家で御座いますと。
親先生あって今日の私達がありますと御礼を言うてもらいたい程しのおかげをです、皆さんにも頂いてもらいたいと思う。ね。其処で愈々私はね、人の助かる事の為の修行ならいとわん。その修行の焦点がです。愈々私がより高度な和賀心を求めて行く以外にはないと云う事になる訳なんです。ね。だから皆さんの場合でも、それを皆さんの立場で考えて見てご覧んなさいませ。その和賀心を高めて行く以外にはない。どう云う御用の場でありましてもそうなんです。ね。
「金光大神助けてくれと言えばおかげをやる。天地金乃神様と言うにおよばん」と仰る様に此処でも段々、ね、この頃から、13日会の時に秋永先生が発言して居られましたですねぇ。もう合楽ではね金光様と云うよりも、親先生と云う事にしようじゃないかと言われてます。また事実それがおかげを受けて居るんです。金光大神ちゃぁもう遠い所にある。親先生は側に御座る。だから親先生助けて下さいで助かっているんだと。それは親先生に力があるからと云う訳じゃないけれど。
親先生と金光大神が通じて御座る。金光大神と天地の親神様が通じて御座るからおかげになるのです。ね。段々そう云う様な働きが合楽の上に在って居ると云う事は有難い事だと。其処で御取次を頂いてお願いをされる皆さんの場合でもです。ね。其処の所の確信がね。さっき初めに申しました。「御取次を頂いて起きて来る事、良い事悪い事みな良い」と確信できれる所まで信心を進めて頂ければ分かる。
それにはね私共が和賀心の追求を、何事にも信心にならせて頂く信心の追及なしにはね、信じようと思うても信じられない。昨日の話で、その人、何十年信心をしよりますけれどもね。四月四日という日がどうもやはり黄道吉日ではあるらしいけれども、四と四が重なると云う様な事がです、どうも縁起が悪い様な気がするのです。ね。私共がね、どう云う場合であっても。
その和賀心で払うて行けれる信心を頂かなければ信心を頂いておる値打ちが無い。「今朝からも何度も何度も日天子月天子がそう仰る。よう勤めてくれたのう」と。これは教祖様の御晩年。ね。高橋富枝と云う先生にもらして居られるお言葉であります。それを思いよったらもう有難うして有難うして涙がこぼれると云う様な所までね、お互いの信心もそこに焦点を置いて一つおかげを頂いて行きたいと思うですね。
どうぞ。